ひと昔前の日本には当たり前にあった、「貸し借り」という文化。いつしか私たちは多くの物を「持つ」社会になり、そして今また、「物を持たない」社会へと移行しようとしています。
この流れの中で、近年よく耳にするようになった「シェアリングエコノミー」というワード。ソーシャルメディアやスマホの普及で一気に浸透しつつあります。
この「シェアリング」という領域において、「空いているスペースを貸し出す」という革命ともいえるサービスを展開しているのが株式会社スペースマーケット。
地方創生の可能性も秘めるこのビジネスを展開する企業の経営哲学とは?代表取締役社長・重松大輔氏にインタビューを行いました。
1.鳴かず飛ばずの創業期
―2014年の事業開始から、すごい勢いで事業拡大をされていますが、成長の秘訣は何なのでしょうか?
シェアリングって新しい概念なので、一回使わないとわからないというとことがあるのですが、最初にきた波は、創業から半年ぐらい経ってからでした。
半年ぐらいは、本当に鳴かず飛ばずで。1日に1件もマッチングしないという日もありました。
その後に、忘年会シーズンになり、だんだん盛り上がってきて。そのうち一回使ってみてくれた方が増えてきて。SEOもだんだん強くなってきたこともあり、新しいものに敏感の方々が利用して、拡散していってくれました。
―その時は、どのような体制で行っていらっしゃったのでしょうか?
現在は、全体で40名程の規模ですが、当時は10人以下の体制でした。
創業期は、2名で、私は物件獲得や資金調達、法人のイベントを獲得してくる役割を担っていました。エンジニアだったCTOがサービスをつくるという役割分担をしていました。物件を探しながら、お客様を同時に探す、というのは本当に大変でした。
―ホストとゲストはどのように探されていたのですか?
まずはホストを探して、ゲストは…力づくで、探しました(笑)。まずは身近な人に使ってもらって、レビューを書いてもらって。
実は半年くらい経っても、レビューは10件くらいしかつかなかったんですよ。やはり、知らない人の場所を借りるので、個人のお客様にとってレビューは大事なんですね。かなり細かい工夫をしてチューニングしました。
そこからレビューが増えてきて、今では、ホストの9割、ゲストは5割の方がレビューをつけてくれるようになりました。
―現在のウェブサイトでは写真も大きなアピールポイントになっていると思いますが。
やはり最初は写真にもこだわりましたね。Airbnbが急成長したのも、写真のおかげだという話がありました。
それに私自身が前職で写真を取り扱っていたので。カメラマンにお願いして、「ここぞ」という物件に関しては良い写真を撮影してもらうようにしました。「面白そう」とか「ワクワクする」ような写真を掲載したんですね。「こういう風に使えるんだ」とイメージできる写真にこだわりました。
―ホストを探す難しさはどういうところにあったのですか?
法人のホストの方々には連絡することができるのですが、特に個人の方々、例えば古民家を持っている方々とどのように接点を持つかという点は難しかったですね。コンテンツマーケティングなどPRに力を入れて、いろんなメディアに取り上げていただけるような努力をしました。
―エイプルフールの「宇宙空間貸出」企画には驚かされました。(笑)
ハードを提供することは、不動産の世界でいうと、結構無味乾燥な世界なんですが、そこにどれだけ「クリエイティビティ」や、「面白い・楽しい」という価値を付加できるか、ということを意識しています。
これまでも、会議室を検索するサイトってたくさんあって、でもみんな、会議室がただ並んでいる写真を使っていて、それはつまらないと思っていたんです。「見え方」や「そこでどういうことができるのか」という、ソフトのコンテンツの訴求を大切にしました。
―個人のゲストの方は、パーティーや会議室などの利用が多いのですか?
撮影で利用してくれる方々も多いですね。インタビューやウェブCMの撮影とか。あとは、コスプレが好きな方々の撮影会が多いですね。彼らはスペースを探しているんですが、ハウススタジオなんかは、それなりに値段が高いんですね。
でもそれって、個人の方の家とか、古民家でもいいわけで。特に古民家は人気があります。現在は、日本語のみの対応ですが、今後外国語にも対応させていけば、もっと広げられると思っています。
2.「世の中をおもしろくする」スペースマーケットの組織運営哲学
―現在は事業規模も大きくなっていますが、最初半年の苦しい時期のメンバーのモチベーションはどのように保たれていたのでしょうか?
「その先の世界」を描いてみせることですね。それは現在も変わりません。創業当時も、メディアを含め世間にはすごく可能性を感じてもらっていたので、今は我慢しなければいけないけど、いずれ「くる」と信じていました。
―壁に掲げられた「ビジョン」「ミッション」「バリュー」が印象的なオフィス。これらは創業当時から決められていたのでしょうか?
ビジネスを始めて半年程経って、当時の10名くらいのメンバーで考えたものです。言葉もみんなで一緒に議論しながら考えました。自分が考えて渡したわけではなくて、一緒に作ったんですよね。だから、「こういう会社にしたい」という、みんなの思いが詰まったものなんです。
―ミッションの「世の中をおもしろくする」という言葉は?
やっぱり、どうせやるんだったら、おもしろくなくっちゃね。結果的にその方が世の中は良くなるという、確信めいたものがありました。
何を始めるにも、やっぱり「場所」が必要じゃないですか。みんなで集まるにしても、飲み会するにしても、必ず「場所探し」から始まる。
我々が、予算やキャパシティーの壁を取り除いて、「スペース」を提供することで、お客様の「場所探し」が楽になり、さらに楽しいことができる。そうやって世の中面白いことが増えていくし、チャレンジャーが増えていくと思っています。
―もともと、重松さんはNTT東日本から、フォトクリエイトに、そしてスペースマーケットの創業というキャリアを進まれたわけですが、その中でその思いは醸成されていったんでしょうか?
大企業で学んだことは多くありましたが、今のように世の中を動かしている「楽しさ」は正直感じにくかったんですね。
その次の会社は、ビジョンを掲げて、会社とともに自分も成長できて、実力も自信もついて。ようやく今までの経験を活かして、自分の事業をやる時に、どうせやるんだったらやっぱり楽しい方がいいと思ったんですね。
―「世界は変えられると思って動け」というビジョンは?
スタートアップなので、やっていることは世の中的には「めちゃくちゃじゃん」と思うようなことだと思うのですが、「変えられる」と思っている人たちが、やっぱりどのビジネスにおいても世の中を変えているじゃないですか。
企業によってはバカなことを言って怒られるとかあると思うんですけど。自分はそうはなりたくなかった。
―具体的にビジョンを浸透させるための機会というのは設けているのですか?
そうですね、例えば、月に一回の「社員会」、半期に一回の「社員総会」を開催しています。各部署の発表があったり、それから、定期的に「ビジョン」、「ミッション」の確認はしています。何か困ったことがあったら、必ずここに立ち返って判断してこう、と考えています。
―事業が拡大していくと、働くメンバーも増えていくんじゃないかと思うんですが、その規模感というのは、今後どのように考えられているのでしょうか。
基本的には、そんなに増えなくても回るという、レバレッジが効くビジネスにしていきたいなと今の段階では思っています。いたずらに人を増やすということは考えていないですが、やっぱり優秀な人に集まってもらいたいなとは思いますね。
―優秀な人材に集まってもらうための秘訣ってありますか?
やっぱりビジョンに共感してもらう、そういう人じゃないと難しいなと思います。なので、そのすり合わせはとても大切にしています。それから、常に発信をしていく、ということですね。そして、いい人がいたら口説く、ということです。
―重松さんも直接口説かれるんですか?
そうですね。そして、メンバーも常に口説けるような状態である、ということが大事だと思います。レファラルがやっぱり一番いいですね。前職の同僚で、ビジョンとマッチしている人とか。
3.日本の地方を元気にするソリューション
―現在、地方が衰退していく中で、そこに埋もれている価値のある「スペース」と人をマッチングしていく、ということがこれから重要性を増していく、と考えているのですが、今後の展望をお聞かせいただけますか?
増えていきますね。これから、人口減少と高齢化社会が加速していき、そうすると自治体の税収が減りますよね。税収が減ると、今まで提供できていたインフラが提供できなくなります。
インフラが提供できなくなると、例えば教育などのインフラも提供できなくなる。
夕張市が経営破綻したことは記憶に新しいですが、その予備軍は全国にたくさんあると思います。
それに対してどうするかというと、「みんなで助け合っていくしかない」。困った人は助けるとか、持っているものを貸してあげるとか融通しあうとか。
もう一つは、日本への観光客は増えていくという中で、例えば、中国の方々はどんどんお金を持つようになりますし、インドもこの5年〜10年でどんどん成長していきます。
そうなると、日本を歩いている人の2割ぐらいは海外の人というように、日本に観光客が増えていく。
日本は、どんどん外需が細ってくるので、日本はここで外貨を稼ぐしかない。頭を切り替えてやっていくしかないと思うんですよ。
5年〜10年で世の中ってガラッと変わっていくじゃないですか。インターネットで購入することとか、10年前だと考えられないことが「当たり前」になっていく。
だから、地方でも物件があったり、ただ物件があるだけじゃなくて、自分たちにしかできないおもてなしをしたりして。「マルチハビテーション」の概念が普及したり、テレビ電話も進化すると、「サテライトオフィス」がやりやすくなったり。
そういう「住み方」や「働き方」、「遊び方」もどんどん変わっていくと思います。
意外とその中で生きている人たちは気づかないけど、外から見ると面白いことって地方にはあるじゃないですか。そこでしか体験できないことや、そこでしかできないおもてなしってあると思うんですね。そういった工夫で、あまり投資をしなくても収益を得られる形があると思うんです。
―経営をしていく中で、「利益を拡大していく」だけではなくて、「社会的な視点」というものは、常に重松さんの中にあるのでしょうか?
そうですね。もともと「日本の地方を元気にしたい」という思いや問題意識はありましたね。この先の日本を考える上で、都心への人口流入とか地方の税収が減っていくことは色んなデータを見ても明らかで、これから続いていくと思います。
前職ではいろんな地方に行っていたので、そこで地方が「元気がないな」と感じたり。でも、「ただ見ているだけ」というのは悔しくて、こういうソリューションを考えました。
―最近は、地方から「スペース」を貸したいという声は増えてきましたか?
かなり増えてきました。特に、東京などの都市部からのIターンやUターンの人達が積極的です。そういう人たちが地方を変えられるキーパーソンかもしれませんね。やっぱり、「人」で変わるんですよね。
―「社会を変えられる」人はどんな人だと思いますか?
やっぱり、「好きなことをやっている人」ですね。人にとやかく言われても、「やりたいことやっている」人だと思います。「好きなことをやっている人」は、それをやれる環境を自分で創り出していったりする力があるじゃないですか。
4.社会に対してもインパクトを出す
―スペースマーケットの中では、色んな企画が出てくると思うのですが、メンバーの一人ひとりが企画して重松さんが承認して、という形なんですしょうか?
もう、勝手にやってますよ(笑)。相談も当然ありますが、いつの間にか「こんなことやっているの!」っていうこともありますし(笑)。
―スペースマーケットで働く方々というのを、一言で表すとどんな方々ですか?
「自立型」ですね。「プロフェッショナル」として信頼しているし、当然結果も出してもらう。そこは、結構厳しく見ています。そして、結果だけではなくて、きちんと「社会に対してもインパクトを出す」ことが大切だと考えています。
―今後の展望を教えてください。
企業としては、シェアリングというビジネスを、インフラとして、みんなが「当たり前」のように使っていけるようにしていきたいですね。みんながお互いを助け合っていくこと、「人助け」が簡単にできるようなプラットフォームになりたいですね。
そして、そういうライフスタイルを創造していく存在になりたいですね。
マーケットとしては大きいと思っていて、不動産の在り方も再定義していると思うんですね。
今は、「場所貸し」・「レンタルスペース」という形ですが、例えばオフィスでも、空いてる席を1日だけ貸す、1カ月だけ貸すとか、そういうことも可能だと思うんですね。そういうことをしながら、みんなが助け合いながら稼いでいく形もあると思います。
―今後の展開として、「スペース」以外を貸していくことは検討されているのですか?
基本的には、「スペース」を貸していく、というスタンスはぶれることなくやりたいと思います。
もちろん、他のプレーヤーと組んで、コラボレーションしてということはあり得ますね。例えば、同じサービス上で、ケータリングを頼んだりとか、DJや音楽家、司会者を簡単に頼めるとか。そうするとパーティーとかイベントとかがもっと面白くなる。
それによって、今までなかなか活躍の機会がなかった音楽家たちがチャンスを増やしていくとか。そんなことができるようになると良いですね。
―「シェアリング」というのは昔からある考え方でもあり、新しい考え方でもあり、だからこそ、今たくさんの方々に受け入れられているのかもしませんね。
やはり、たくさんの物を持つというのは非効率だし、借りたい時だけ借りればいいと思うんです。持っている人は空いている時間帯を貸せば収益があがるので、より効率化が進んでいく、という考え方ですね。
5.「好き」を仕事にする
―今働いている人達に、「こんな風に働いていくとよりよくなっていくのではないか」というアドバイスはありますか?
単純労働とか、人でなくてもいい仕事っていうのは、やっぱり今後AIやロボットに置き換えられていくと思うんですね。
そうするとやっぱり、「自分が好きなこと」とか「得意なこと」で、一番付加価値を出せる何かを理解してやっていくことが、結果的にみんなに喜ばれて、結果的に自分にとっても楽しくなると思います。そういうものを探すということが大切なんじゃないかなと思います。
例えば、車も10年くらいで広がった歴史があるように、iPhoneとかもそうですけど、一瞬でAIやロボットも当たり前になっていくと思います。
そうすると本当に人がやることがなくなってくる。おそらく仕事の時間もどんどん短くなっていくし、自分がやれることをやる時間が増えていく。そうすると「夢中になれること」を見つけることが大事になってくると思いますね。
―重松さんにとって、経営者として、理想の企業像はどんなものでしょうか?
理想の企業って、働き方が多様化していくし、その人の得意な分野を活かすことができる会社ですよね。やっぱり人にフォーカスした会社がたくさん増えるといいなと思います。
とは言え、やはりビジネスモデルが強くないと生き残ってはいけないので、それはそれで一周回ってとても大切だと今は思っています。どんなにきれいごとを言っても、ビジネスモデルが強くないと企業を守れないので。優先順位としてはそれが一番大切だと思います。
「世の中をおもしろくする」という高いビジョンを掲げ、これまでの日本になかった「シェアリング」の概念を加速度的に展開しているスペースマーケット。インパクトに対するこだわりと、人にフォーカスした経営に、最先端の経営者としての姿を感じたインタビューでした。地方創生の可能性も秘めたシェアリングエコノミー。スペースマーケットが作り出す「おもしろい世の中」に、世間も期待を寄せています。
1976年千葉県生まれ。千葉東高校、早稲田大学法学部卒。2000年NTT東日本入社。主に法人営業企画、プロモーション(PR誌編集長)等を担当。 2006年、当時10数名の株式会社フォトクリエイトに参画し、新規事業、広報、採用などを担当。2013年7月東証マザーズ上場を経験。2014年1月、全国の貸しスペースをマッチングする株式会社スペースマーケットを創業。2016年1月シェアリングエコノミーの普及と業界の健全な発展を目指す一般社団法人シェアリングエコノミー協会を設立し代表理事に就任。