都市化が進むにつれ、人気が高まってきている登山・アウトドア。

そんな登山・アウトドア人気の中、携帯の電波が届かない山の中でも地図が見れ、現在地が確認できることを実現したスマホアプリ「YAMAP(ヤマップ)」。ローンチから4年を迎え、60万件のダウンロードを超えるまでに成長を遂げ、人気を不動のものとしている。

登山愛好家だけでなく、アウトドア初心者をも虜にする「YAMAP」が描く理想の社会の姿とは?株式会社YAMAP代表取締役春山慶彦氏にインタビューを行いました。

1.たった一人で始めたアプリが60万ダウンロードされるまで

―YAMAPアプリをつくるにあたってどのような点を工夫されましたか?

最も工夫をしたのは、サービスの設計です。

アプリの役割は大きく分けて2つあります。ひとつは「ツール」としての役割、もうひとつは「コミュニティ」としての役割です。この2つの役割を、1つのアプリで提供するサービス設計を何より大切にし、今も貫いています。

YAMAPの場合、「ツール」としての役割は「携帯の電波が届かない山の中でもスマホで地図が見れ、現在地がわかるので、遭難防止に役立つ」こと。

「コミュニティ」としての役割は、「経験を記録し、他の人と共有することで、登山・アウトドアの楽しみを広げ、安全にも寄与する」ことです。

どちらか一方のみのサービス設計だったら、YAMAPはここまで広く受け入れてもらえなかったと思います。

―ユーザー数が急増したのはいつ頃ですか?

サービスをリリースして2年ほど経った2015年春頃からでしょうか。ただ、開発・運営に日々奮闘している僕たちとしては、「ユーザー数が急増した」という実感があまりありません(笑)。

また、ユーザー数がどれだけ増えようとも、一人ひとりに寄り添うサービスであり続けたい。もちろんダウンロード数という数は意識しますけれども、数にはあまり振り回されないでいたいです。

2.「カスタマーサポート=ファンづくり」という考え方

―サイトを拝見すると、YAMAPはカスタマーサポートを充実させている印象を受けます。カスタマーサポートに力を入れているのは、どのような理由からでしょうか?

ビジネスの基本はファンづくりにあると思っています。”ファン”とは何かを考えたとき、「プロダクトとユーザーの良質な関係」に尽きると考えました。

では、どうすればユーザーさんと良質な関係を築けるのか。その一つの解がカスタマーサポートでした。

YAMAPではカスタマーサポートを単なる「お客様対応」としてではなく、「ファンづくり」の一環としてとらえ、リリース当初より最重要事項として取り組んでいます。アプリやWEBは物理的な実体がない分、カスタマーサポートを通して、作り手である僕たちの熱をユーザーさんに伝えたい。

真摯に対応する姿勢を通して、「YAMAPは本気でこの事業をやっている」という想いを、一人でも多くのユーザーさんに伝えたい。その思いから、カスタマーサポートには力を入れて取り組んでいます。

―メンバーの中にはカスタマーサポート専門の方がいらっしゃるのでしょうか?

はい。今は専任で1人います。専任は1人だけですが、ユーザーさんからの要望やクレームは社員全員が出席する朝会で毎朝共有し、「カスタマーサポートは全員の仕事」という意識を持ち、全員でバックアップする体制をとっています。

―お客様の声を反映して、自分たちのプロダクトを改善していく点もあると思うのですが、いかがでしょう。

はい、実際にユーザーさんからいただいたお声は、プロダクト改善の面でも非常に参考になっています。なので、今のYAMAPは、ユーザーさんと一緒につくっている言っていいと思います。

また、YAMAPでは掲示板や電話だけでなく、リアルの場でユーザーさんと交流する機会を積極的につくっています。今年は50万ダウンロード突破のお祝いを兼ね、全国で感謝祭イベントを開いています。

ビジレザPRESS-株式会社YAMAP春山氏インタビュー
2017年6月に東京で開催した感謝祭イベント

僕ら開発・運営メンバーも、リアルの場でユーザーさんと交流することで、やりがいや気づきをたくさんいただいています。ユーザーさんから直接に「YAMAPのおかげで人生が変わった。ありがとう!」という言葉をいただくこともあります。

YAMAPをやっててよかったと思う瞬間である同時に、ユーザーさんの期待を裏切るような恥ずかしいことはしたくないと強く思う瞬間でもあります。
ユーザーさんとのこうした交流を通して、やりがいや歓びを丁寧に積み重ねておくと、くじけそうなときや大きな壁にぶつかったとき、「あきらめない」力になります。

―YAMAPはオリジナルグッズの販売もされていますよね?これもユーザーとの接点をつくるための取り組みの一貫なのでしょうか?

そうですね。Tシャツとかキーホルダーなどのグッズは、利益云々というよりも、YAMAPにもっと親しみを持っていただけるようなノベルティ的意味合いでつくっています。

最近、久留米絣で登山パンツをつくりました。この登山パンツは、ノベリティというよりは「コミュニティ発モノづくりの可能性」を確かめたくて、本格的に開発・製造した商品になります。


YAMAPオリジナルグッズ久留米かすりマウンテンパンツ

以前から地元の織物である久留米絣を使って、登山・アウトドアにちなんだ商品をつくれないかと模索していました。というのも、久留米絣は、昔は野良着に使われていたくらい通気性が良く、織りもしっかりしていて丈夫な生地なんです。

地場の織物は風土そのものだと思うので、福岡に本社を構える企業として、今の時代に合う形で地元の織物である久留米絣を広めたいと常々思っていました。それが登山パンツをつくるにあたって、化繊の生地ではなく、久留米絣を選んだ理由です。

おかげさまで、僕らが予想していた以上の反響をいただきました。予約開始3日で、用意していた120本が完売し、約140人の方が予約待ちをしてくださっている状況です。

伝統工芸品でもある久留米絣の特性上、大量に生産することはできません。ファーストファッションとは違う商品であることを理解していただきつつ、時間をかけて丁寧に生産し、お届けしている生産者側の背景も、併せて伝えていきたいと思ってます。

3.現代社会における「登山・アウトドア」の可能性

―そもそも、YAMAPはどうして「登山・アウトドア」に的を絞ったのですか?

僕は、日本社会の最大の課題は「体を使ってないこと」にあると思っています。

農業、漁業、林業など、自然の中で体を動かして生計を立てている第一次産業の割合が、日本の就労人口の中でたった3%、数にして約160万人しかいない。しかも、その内6割以上が60代以上の高齢者という現状です。

ということは、日本に暮らすほとんどの人は、自然の中で体を動かすということを日常的にやっていない…。この現状は、生物としてバランスが悪い状態だとも言えます。

ただ、今後も都市化の流れは加速すると思っています。その反動として、大切な人と大切な時間、1ヶ月に1回でもいいから自然の中で体を動かしたいというニーズも、振り子のように大きくなってくるだろうと予想しています。

また、AI(人工知能)が普及すれば、人間の知的単純労働はAIに代替されるので、人間の余暇は増えていくでしょう。そのとき、衣食住に加えて「遊」は、今以上に大切な人間の営みになっていくだろう、と。

というのも、「遊」は人間性そのものであり、人間のクリエイティビティの源泉でもあるからです。

そんな思いから、都市と自然をつなぐ「登山・アウトドア」事業を、自分たちのビジネスの土俵に選びました

―YAMAPの今後の展望を教えてください。

「自然×IT」の分野は、あまりプレーヤーがいません。僕らが先陣を切って、開拓している感覚があります。「自然×IT」の分野で、どういうおもしろい仕組みがつくれるか。次の世代に少しでもいいバトンを渡すためにも、YAMAPを通して「自然×IT」のロールモデルをつくりたいと本気で思っています。

4.理想の「働き方」は自分たちでつくる

―創業期はどのような体制で業務を行っていたのでしょうか。

最初は私1人でした。その後2人になって、2年間くらいは5人体制でやっていました。今は東京支社を含めて20人体制で開発・運営しています。

僕らはソフトエンジニア中心の会社です。エンジニアが「ものづくり」に集中できる環境を整えることが、何より大事だと思っています。一般のソフトウェア会社だと受託をしている企業もあると思うのですが、僕らは、受託の仕事は一切やっていません。

理由は、受託の仕事を請け負うと、クライアントに振り回され、自分たちの働き方をコントロールできなくなるからです。

また、働き方は与えられるものではなく、自分たちで勝ちとり、工夫して築き上げていくものだと思っています。受託に頼らず自社プロダクトで勝負し、自分たちが望む働き方をつくっていこう、という意志をメンバー間で共有しています。

その意味でも、プロダクトの成長と、働きやすく生産性の高い職場づくりは、僕たちにとって同義です。

―具体的にはどういう働き方をされていらっしゃるのでしょうか?

“スポーツスタイル”の働き方を目指しています。

サッカーの試合のように、前半後半決められた時間に、どれだけパフォーマンスを上げ、結果を残せるか。昨日より今日、今日より明日。毎日真剣勝負を続け、個人のスキルも、チームの力も向上する働き方を理想としています。

その代わり、ホイッスルがなったら、試合終了。ダラダラと残業はせず、退社時間が来たら気持ちを切り替えて、サッと家に帰る。子どもがいるメンバーはお迎えに行く。

今はもう「大量生産・大量消費」の時代ではないので、仕事だけでなく暮らしそのものを大事にする視点がないと、いい仕事はできないと思います。例えば、男性が子育てに参加するのも暮らしの大事な要素です。

子育てを通して、仕事とは別の軸で社会と接点を持てますし、今まで気づかなかった社会の課題や理不尽に気づくことが多々あります。

その気づきが、直接的にも間接的にも、今やっている仕事につながってくると思っていて…。実際の暮らしから、社会課題を解決する視点は養われ、新しいビジネスも生まれると思っています。

―あえて公私混同する、ということですね。

そうですね。仕事とプライベートの垣根をつくらず、「公私混同」でいたいです。もちろん、お金の使途に関しては会社とプライベートを明確にわける必要はありますが。

もう一つ、「公私混同」が大事だと考えている理由は、自分たち自身もユーザーじゃないと良いサービスはつくれないからです。平日は作り手だけど、土日は使い手みたいな。作り手と使い手の境目をできるだけなくした方が、人の心に届く仕事ができると思っています。

5.「働く」は「生き方」そのもの

―春山さんにとって「働く」とは?

僕は「職業」としてではなくて、「生き方」としてYAMAPを選びました。なので、「働く」は自分にとって「生き方」そのものです

懸命に働くことで自分の人間としての器も大きくなると信じていますし、人には優しく自分自身が強くないと、いい仕事はできない。人間の大切な部分を問い、育ててくれることが「働く」醍醐味でもあると思います。

また、「働く」と「学び」は密接につながっているので、働くことで新しい世界を見、経験できる。「働く」が充実しているので日々楽しいです。

―そういった考え方が、会社での働き方に現れているのですね。

今は社会が転換期にあるので、僕らの世代、特に20代から40代ってものすごく大事な世代だと思います。

大量生産・大量消費の社会から成熟社会へ向けての転換期である今、僕たちの世代がどういう働き方をし、どういう事業をつくり、次の世代にどう繋ぐことができるか。日本社会が成熟に向かうのか、衰退に行ってしまうのか…。

今の20代から40代にかかっていると思うのです。少しでもワクワクできる社会を次世代へ引き継ぐためにも、自分たちにできる精一杯のことをやりたい。そう思い、日々働いてます。

「職業」としてではなくて、「生き方」としてYAMAPを選んだ
この言葉が、社員の働き方や、YAMAPが目指している未来に、そのまま表れているように感じた。アプリのダウンロードだけでなく、コミュニティー形成を見据えた設計で、登山・アウトドア好きの人々を虜にしているYAMAP。現代の日本が抱える課題を解決するビジネスモデルだからこそ、これからのさらなる広がりに大きな期待を寄せたい。

春山慶彦(株式会社ヤマップ 代表取締役))

1980年福岡県生まれ。同志社大学卒業後、アラスカ大学留学。帰国後、株式会社ユーラシア旅行社『風の旅人』出版部に勤務。その後フリーランスとなり、2011年5月にYAMAPを着想。2013年にローンチし、株式会社セフリを設立。現株式会社ヤマップ代表取締役。